医療の闇に鋭く切り込まない話。

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2024年4月21日 日曜日

医療の闇に鋭く切り込まない話。

こんにちは。
子供たちのアレルギーが食事で治りました!
いまも三人育児に奮闘中の佐々木愛です。

 
先日、永田先生と電話でお話ししているとき。
わたしはふと、ずっとお聞きしたかったことを口にした。
 
「医療の現場に、下関療法の後継者はいるんですか?」
 
先生は笑っておっしゃった、「誰もいません」
 
「ええっ、どうしてですか?」
 
「時間と手間ばかりかかるし、地味だし、儲からないから、誰もやりたがらないですよ」
 
先生は当時のことを詳しく話して聞かせてくださった。
いかに、医療の現場に下関療法を普及させることが困難だったか。
そして、結局それをあきらめ、大衆に向けて、本を書くことにした経緯……。
 



 
利益が出ないアプローチは、病院で歓迎されないのだ。
病院だって、患者を治す過程で利益を出して回っている、いち法人なのだから。
これはものすごくシンプルなロジックだ。

 
けれどどうにも納得できなかった私は、その晩、旦那(公認心理師)に愚痴った、
「あんなに効果があるんだよ?
1人ぐらい、俺が継ぐぜ! みたいな若手のお医者さんがいなかったのかなあ」
 
旦那は言った、
「確かに、素晴らしいなと思ったお医者さんはいたかもしれないね。
だけど、実際継ぐとなったら大変だよ、周りとの軋轢とか、いろいろ。
『素晴らしいけど、自分はやれない』っていう選択をした人がたくさんいたんでしょう」
 
確かに、そうかもしれないと思った。
 
私も、心情的には「発言すべき・行動すべき」ときに、めんどうくさいとか、目立つとかのリスクを見てしまって、傍観者という無難な立ち位置を選択してしまう時がある。
(たとえば、子どもの保護者会とかの一幕で……(笑))
 
(ちなみにこういうときさらに安全なのは、「医療の闇」とか「製薬会社の陰謀」とか言い出して、「被害者」という立ち位置をとることだ)
 
だから、永田先生が「病院での下関療法の普及」をあきらめ、「出版」という道に行かれたのは、やはり正しいご判断だったのだろう。
お蔭で私たち一般人が、下関療法に触れることができたのだから。
 
そして先生は、電話で最後におっしゃった、
「だから(下関療法を受け継いでいるのは)、もう、あなただけ」
 
そのときはびっくりして、恐縮するしかなかったのだけど、
それから数日、そのことについてずっと考えて、思った、いや、私だけなんてことはない。
 
っていうのは、先生が現役で、下関療法を普及させようとしてらした時代と現在とでは、情報の広まり方が違うからだ。
 
今の時代、情報は「上意下達」ではない。
インターネットやSNSの普及によって、ひとりひとりが情報の中継点になった。
 

 
だから、「よいものを伝えたい」という善意が、市場に反映されやすくなっている。
 
読者の評価が反映され、先生の本と私の本は、Amazonで常にアトピーカテゴリーの上位にある。
 
それから、私の本の読者さんも、いろんな「発信」をしてくれている。
自分が勤務している保育園に私の本を置いてくれたり、
自分の店で紹介してくれたり、
ブログや、Instagramや、youtubeで紹介してくれたり……、
 
きっと、私が知らないところで、そういうことをしてくれている方もいるだろう。
 
そうやって「下関療法」は伝わり続けている。
これからも消えたりしない。
 
私はそういう市場の「善意」を信頼したい。
そして、つたないながらも、これからも極力分かりやすい形で、下関療法を伝えていきたい。
 
みなさんも「当事者」として、次の誰かに伝えてくださったら、とてもうれしいです。
何卒、よろしくお願いいたします。




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