植物油はナチュラルだ、という幻想。その①
こんにちは。
子供たちのアレルギーが食事で治りました!
いまも三人育児に奮闘中の佐々木愛です。
さて、前回、自然派スイーツでアトピーになったおひさまクッキー君の記事を書きました。
↓↓↓
1 自然派スイーツでアトピーに?
2 植物油はナチュラルだ、という幻想。その①
3 植物油はナチュラルだ、という幻想。その②
4 植物油はナチュラルだ、という幻想。その③
5 ナチュラルなものは身体にやさしい、の落とし穴(終)
この記事にけっこう反応があり、嬉しい限りです。
今回からはさらに詳しく「植物油はナチュラルで体にやさしい」という漠然としたイメージの実体に迫ってみたいと思います。
さて、ひとくくりになっているこのイメージですが、その中には、以下の三つのイメージ↓↓↓が、ごっちゃになって含まれています。
2 植物油はナチュラルだ
3 ナチュラルなものは身体にやさしい
語弊を恐れず言えば、私はこれらすべてのメッセージが、アレルギー予防や改善の観点からは、間違いであり、有害であると考えていますが、
このうち「1 植物油は身体にやさしい」については、前回、その実情を書いたので、今回は「2 植物油はナチュラルだ」というイメージの実情について、私の考えるところを書いてみます。
■ナチュラルとはなんだ?
さて、自然派スイーツのレシピ本には、植物油が語られるとき、「ナチュラル」という単語が、よく出てきます。
しかし、そもそも何をもって「ナチュラル」とするのかは謎です。
けれど、植物油がナチュラルだから使おうというスタンスならば、この定義はとても大切なはず。
↑四年前、図書館で探したらたくさんあった、ナチュラル系スイーツの本。
18冊をひらき、「植物油はナチュラルで体にやさしい」の根拠を探したけれど、見つかりませんでした。
ためしに、広辞苑で、「ナチュラル」を引いてみましょう。
⇔アーティフィシャル
対義語の「アーティフィシャル」もひいてみると、
とあります。
さて、ナチュラル系スイーツのレシピ本では、
植物油=ナチュラル
動物性油脂=アーティフィシャル
であるというようなイメージの位置づけになっていますね。
このイメージは適切か、考えてみる必要があります。
とはいえ、実際には、そのどちらも、人間が動物や植物から取り出して、作り出したものなので、厳密に言えば、広辞苑のいう「天然」のものではないわけです。
とすると、より広い意味で、
「人間も自然の一部なんだから、その人間が自然にもまれながら創り出したものも自然の一部ってことでいいんじゃないの?」
という観点で、このふたつの油を見てみる必要があるでしょう。
■最初に採油されたのは動物の脂肪である
動物性油脂と植物性油脂、どっちが先に油として取り出されたかというと、動物性油脂です。
こちらは、フランス南部のラスコーの洞窟壁画。
約二万年前の氷河期時代に描かれたそうですが、土や炭などと動物性油脂が混ぜ合わされた塗料で描かれているそうです。
この洞窟からは、動物性油脂を使ったランプの痕跡も発見されています。
当時の人類は動物を狩って生きていたので、獲物から油脂をとりだして利用することは簡単だったのでしょう。
そして、約1万年前から、欧州、西アジアなどで、動物の家畜化が始まり、それにともなって、乳からバターが作られるようになります。
ちなみに、原始的な家畜文化っていうのは、私たちの想像よりずうっと質素。
(写真はイメージです)
人間が食べられない、地に這う草を、草食動物に食べてもらって、お乳をだしてもらう。
そして、そこからバターやチーズやヨーグルトを得て人間がいただく、って感じで維持されます。
だから家畜文化の人々は、人間はふだんから新鮮な肉を食べてはいません。たまーのごちそうです。
そして、たまに動物をつぶす時は、その脂肪を保存し、食用に利用しました。
(この辺のことは過去記事「ソーセージはなぜ豚肉だけか」に書いたので是非)
家畜文化の人々は、そのようにして数千年、命をつないできたのです。
一方の植物油ですが、動物性油脂に遅れること5000年、
紀元前3000年ごろには、中近東地域で、オリーブオイルやごま油が搾油されて使われていたようです。
そして、様々な地域で、さまざまな植物油が絞られ始めました。
わさびのき油,ひまし油,あまに油,ひまわり油、なたね油、えごま油……。
さて、植物油は動物性油脂にくらべ、使い道がいろいろありました。
冷えても液体で、燃やしても動物性油脂のように臭くなく、特有の良い香りがしたからです。
古代エジプトにおけるオリーブオイルは、医療用、香料用、明かり用などに使われました。
(これが地中海地方に伝わって食用として使われるようになり、地中海の食文化が発達しました)
(紀元前2500年頃の、古代エジプトの壁画。オリーブオイルを絞っている様子)
しかし植物油は、木の実油にしろ、種子油にしろ、ある程度の量を絞るには、ある程度な規模の植物の栽培と、特別な搾油の技術が必要です。
しかも、絞られた油は、食用としては酸化しやすく、日持ちしません。
ですから、植物油とは、つねに、富の象徴であり、貴重品であり、高価なものとして取引されました。
ちなみに日本では、植物油は「日本書紀」に「ハシバミ油」の記載があるほど昔から搾油され、使われてきました。
つばき油、ごま油、なたね油、えごま油などの、さまざまな油が各地で搾油されていたようです。
(大山崎離宮八幡宮のエゴマの搾油道具を復元したもの。
大山崎離宮八幡宮は、9世紀、明かり用のえごま油の市場において、朝廷から特権的な独占権を与えられていました)
とはいえ明治以前までは、一般的な用途はほぼ灯火用でした。
(日本の漁村では、植物油だけでなく、魚の油も、灯火用に使っていたそうですよヽ(^o^)丿)
それまでほとんどの日本人は、家庭では油をほぼ使うことなく料理を作ってきたのです。
(これは世界的に見てもまれなことです。なぜそんなことが可能だったかはまた別のお話)
■より「ナチュラル」な油?
このように、食文化史的には、動物性油脂の方が先に生まれ、広い地域で食用として使われてきました。
植物性油脂は、その土地でとれる植物の油が、その土地で栽培・搾油され、食用を含む様々な用途に使われてきました。
動物性油脂を主に使う地域と、植物性油脂を主に使う地域は、厳密に分かれていたわけではありません。
両方の油を、用途に合わせて併用していた地域もたくさんありました。
さて、この時点で、よりナチュラルな(アーティフィシャルでない)油は、どちらかというと動物性油脂でしょう。
近世まで、家畜を飼っている地域では、バターやラードは基本的に自家製でしたが、植物性油脂のほうは、搾油技術を持つ油屋などから購入するものだったからです。
しかしそれは程度の問題で、本質的な違いではないでしょう。
(そもそも私自身は「ナチュラルか否か」にこだわる必要を感じていません)。
ともあれ確かなことは、
近世までは、人々が口にするものは、それぞれの地域で、ほぼ地産地消であり、非常に質素であり、油もその例外ではなかった、ということです。
そんな伝統的な食文化が崩壊したのは、つい最近。
1960年代です。
●次回「植物油はナチュラルだ、という幻想。その②」へ続く
●おもな参考資料
・中尾佐助著作集 第2巻『料理の起源と食文化』北海道大学図書刊行会 2005
・全集日本の食文化『油脂・調味料・香辛料』雄山閣 石川寛子編 1998
・『世界の食べもの――食の文化地理』石毛直道 講談社学術文庫 2013
・『燈火その種類と変遷』宮本馨太郎 朝文社 1994
などなど